事例

サステナビリティ領域で活躍するAI―SDGs×AI活用事例

こんにちは!弊社のAI技術開発第三グループにて、主に数値系AIの開発と導入支援を担当している小牧加奈絵です。2024年に入社して初めてのブログ記事となります。今回は、弊社のブログでは珍しいサステナビリティ領域を取り上げます。サステナビリティ領域というと、地球環境やSDGs、そして、最近ではサステナブル投資などが連想されるかもしれません。一見AIから縁遠いイメージがありますが、この領域でもじわじわとAIが普及し始めています。その一端を本記事を通して知っていただき、AIの新たな可能性を感じていただければ幸いです。



【本記事の目標】

この記事では、サステナビリティ領域で活用されている日本と海外のAIのユースケースについて、環境と海洋にドメイン知識のある筆者による独自リサーチを元にご紹介します。これを読めば、SDGsの基礎知識やこの分野の最先端のAIについて学ぶことができます。 

目次

はじめに:サステナビリティ領域とは

サステナビリティとは、持続可能という意味をもつ言葉で、私たちの生活や社会、経済、ひいてはその母体である地球環境を持続可能に回していく仕組みを指します。この考え方は、国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発ゴール)を基にしています。SDGsの成立には、以下のように人と環境問題に関する長い歴史がありました。

  • 1972年国連人間環境会議:環境問題が国連の場で初めて大きく取り上げられる
  • 1987年世界環境委員会:「持続可能な開発」という言葉が初めて使用される
  • 1992年リオ地球サミット:アジェンダ21「持続可能な開発のための人類の行動計画」が採択される
  • 2015年国連サミット:2030年までに達成すべきSDGsゴールが採択される

SDGsで、各国は法的な拘束力を持ちませんが、できるだけ努力してSDGsを推進することが求められており、国際社会全体での「社会的責任」を負うことになります。実際、SDGsを元に、あるいはSDGsと連動して、国連や国内の様々な政策や制度が設立されています。

こうした中で、注目されているのが、サステナビリティ領域における新たな投資です。再生可能エネルギーやEV(電気自動車)、ヘルスケア、そして、途上国の気候変動分野へのファンドなどがその一例です。SDGs設立以降からコロナ前まで、サステナブル投資は、特にアメリカで大きく伸びました。日本は、元々、サステナブル投資への注目度が低かったものの、最近の伸び率はカナダや豪州を上回っており、今後の期待が寄せられています。

サステナブル投資額(Global Sustainable Investment Alliance (2023), Global Sustainable Investment Review 2022をもとに作成)

サステナビリティ領域で利用されるAI技術

ここから、AIのユースケースについてお話します!最近のAIスタートアップ企業と国際NPOの独自の取り組みを交えて紹介し、最後に調和技研の開発事例をご紹介します。

1: 企業のSDGs格付け指標

サステナブル投資において、「どの企業に投資すればよいか?」は専門性の高い分野でありかつ情報が散発的であるためにすぐに判断することが難しい課題です。そこに目をつけたのが、サステナブル・ラボ株式会社であり、同社が提供するデータプラットフォームTERRAST(テラスト)では、企業のESG/SDGs貢献度を可視化しています。ちなみに、ESGとは、Environment(環境)、S=Social(社会)、G=Governance(企業ガバナンス)を指し、特にこの領域に配慮している企業への投資がESG投資になります。

同社では、ESG/SDGs貢献度をビッグデータから指標化する独自のAIアルゴリズムを開発しました。スコアリングには、企業のCO2総排出量やガバナンスなどのESG情報(非財務指標)を用いているようです。また、企業の財務指標との相関を機械学習モデルで解析し、企業分析も実施しています。どのような独自AIアルゴリズムを使用しているのかは公開されておらず興味深いですが、同社のESG分析では通常数時間かかるところを3分で可能としています。AIを用いない指標としては、ブランド総合研究所の「企業版SDGs調査2022」や東洋経済社「SDGs企業ランキング」などがあります。これらはモニターのアンケート結果を使用していたり、98項目での評価であるため、客観性を高める意味ではビックデータを用いたAIアルゴリズムが活躍する領域だといえます。

例えば、最近の国際動向として、企業が気候変動への社会的責任を果たすために、取り組みの情報開示を積極的に推進する流れがあります(TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース)。日本でもこの制度が浸透し始めています。また、TCFDの次の取組みとして、生物多様性への貢献に関する情報開示が議論されております(TNFD:自然関連財務情報開示タスクフォース)。サステナブル投資の増加と共に、こうした企業のSDGsに関する開示情報は今後増加し、その情報を適切に評価する指標が一層求められるでしょう。

【参考】

2: 魚の食欲自動判定でスマート養殖

魚は日本の食卓に欠かせない存在ですが、北太平洋における日本の漁獲高は、中国などのアジアの漁業新興国に押されて、最盛期の1990年の半分にまで減っています。さらに気候変動や乱獲もあって、持続可能でない過剰漁獲の資源の割合は、1970年代の約4倍に増加しています[1]。こうした状況を受けて、今、養殖業が注目されています。環境に配慮しながら養殖で魚を増やすことができれば、日本の安定した食に大きく貢献することが期待されます。

水産庁養殖業成長産業化総合戦略より引用

この分野に早くからAIを導入したのがウミトロン株式会社です。同社は、養殖場の画像と環境データ(水温や塩分など)を解析し、魚の食欲に応じて最適な餌やりを実施する機械学習アルゴリズムとアプリを2019年に開発しました。このシステム(UMITRON FAI : Fish Appetite Index)は、独自開発のスマート給餌機に搭載されており、給餌機のカメラを用いてリアルタイムで魚の状況把握や餌やりのスケジュール変更等が可能です。最近では、2022年に回転寿司チェーン「くら寿司」が日本で初めてとなるAIを用いたハマチ養殖に成功し、注目を浴びました。このシステムでは、画像解析から無駄餌や死んだ魚も検出する機能を備えているようです。

ウミトロンは、サステナブルな養殖を目指し、特に養殖者の役に立つ開発を推進していると発信しています。例えば、養殖者のコスト管理や飼料効率を自動計算するシステムや、衛星データを用いた養殖者向け海洋データベースなどが挙げられます。養殖にはデメリットもあり、大量の餌が必要で沿岸環境を汚染する可能性や、餌自体を天然魚に依存している点(イワシなどの魚粉)、さらに日本では養殖業の人材不足も指摘されています。サステナブルな養殖のためには、適切な管理システムが非常に重要です。また、日本政府は国内の持続可能な養殖業を拡大し、魚の需要が伸びるアジアやアフリカ域への養殖魚の輸出を増やす成長戦略(養殖業成長産業化総合戦略2020)を策定しています。ウミトロン社のようなスマート養殖システム製品の需要は、今後さらに増すことでしょう。

ウミトロンによるAI給餌最適化(同社Webサイトより転載)

【参考】

3: データサイエンティストが集結した国際NPOの違法漁業監視AI

次にご紹介するのは、漁業に関するAIです。「IUU漁業」という用語をご存じでしょうか?これは、Illegal Unregulated Underreportedの頭文字を取った用語で、つまり「違法・無報告・無規制」で行われる漁業活動を指します。具体的には、禁止種や禁止区域での密漁や、漁獲量の虚偽報告、違法な漁法(例えば、底引き網で根こそぎ取る漁法や、爆発物で魚を気絶させるような漁法)などが含まれます。このようなIUU漁業の船は、沿岸では各国の沿岸警備隊(日本では海上保安庁)が監視しています。しかし監視の目をくぐり抜ける船もあり、一旦外洋にでると、海は広大なため公海ともなると監視が非常に難しくなります。このようなIUU漁業による魚は私たちの食卓にも流通しており、日本が2015年に輸入した天然水産物215万トンの24~36%、金額にして1800~2700億円が、こうしたIUU漁業によるものと推定されています[2]

こうしたIUU漁業の実態の透明性を高め、サステナブルな漁業を目指して2016年に発足した国際NPO団体がグローバルフィッシングウォッチです。運営にはGoogleが関与しており、2017年には、レオナルドディカプリオ財団の支援を受け、話題となりました。グローバルフィッシングウォッチでは、国際条約によって一定規模の船舶に搭載が義務化されているAIS(自動船舶識別装置)という位置情報信号と、衛星による船舶監視システム(VMS:衛星船位測定送信機)などの公開データを利用し、世界の海洋上の船舶を検知しています。さらに、機械学習を用いて漁業活動を識別する独自アルゴリズムを構築し、リアルタイムモニタリング情報をAPIで配信しています。

IUU漁業の船は、監視を逃れるために夜間の活動が多かったり、常時ONにしているはずのAIS信号をわざとOFFにするなど、特異な行動が見られます。これらの行動パターンを元に機械学習アルゴリズムを構築することが可能です。同NPOは、2023年には世界中から約90億円のファンドを集め、約80,000隻の漁船を常時監視しています。

グローバルフィッシングウォッチの漁業活動モニタリングアプリ画面

【参考】

4: 調和技研の再生可能エネルギー発電最適化AI

最後に、弊社の取り組みとして、自然由来の再生エネルギー発電の最適化AIを紹介します。このAIは、再生可能エネルギー分野のお客様からのご要望に応じて開発されたものです。太陽光、風力(地上・洋上)、地熱、海流、潮位差など、再生可能エネルギーは、サステナビリティ領域で注目されており、化石燃料等と比較してCO2排出がほとんどないため、地球環境にやさしい発電方法とされています。

しかし、再生可能エネルギーには課題もあります。その一つは、発電量が自然現象によって大きく変動するため、電力供給が不安定になりやすいことです。これに対処するには、特別な管理システムや蓄電施設が必要です。例えば、タービン等の回転装置が限界を超えて動作することがあり、その対策として、発電機を保護するために回転装置の運転をコントロールしたり、強制停止したりする「ブレーキ」機能が備わっている場合があります。しかし、これが逆に発電に無駄を生じさせてしまう要因となっています。

調和技研が開発した発電ブレーキ制御AIの内容

調和技研が開発したAIは、このブレーキ機能を最適に制御して発電量の無駄を最小化することで、よりサステナブルな発電を実現するものです(上図)。具体的には、発電機の回転数が限界を超えて強制停止しないよう、回転数をある程度保ったまま適切にブレーキをかけるための制御AIを開発しました。まず、実際の発電機の挙動を再現するためのシミュレーション環境を構築します。次に、その環境条件下で、「強化学習」というAIエージェントが試行錯誤によって自ら学習していくアルゴリズムを適用し、最適なブレーキ制御を学習させます。この強化学習は、教師データを必要としない学習アルゴリズムであり、実際の自然環境のように次の時間に発電機へ流入する自然エネルギー量が予測できない場合に特に有効です。

強化学習では、「エージェント」と呼ばれる学習主体が、ブレーキ制御の「行動」をして、それに対して変化する発電量などの「状態」を観測します。状態に応じて適切に「報酬」を設定することで、エージェントはより多くの報酬を得られる「行動」を学習していきます。シミュレーション環境での検証の結果、弊社の制御AIを使うことで、自然エネルギーの流入量が多い場合も強制停止しない限界で制御するという「理想的な発電量」の99 %を達成できることを確認しました。この技術の特長は、自然エネルギーに特有の変動や不規則さに対応しつつ、発電機の無駄な動作を抑制し、発電量を最大化できる点です。今後増加が見込まれる再生可能エネルギー開発において、この技術はよりサステナブルな発電に貢献できるものと自負しております。

おわりに

サステナビリティ領域におけるAIの現状についていかがでしたでしょうか?この領域は、個人の投資活動から、気候変動や食料問題など、人類の未来を左右するグローバル課題に至るまで、AIを活用して人々の生活をよりよくしていくという醍醐味があります。こうした問題解決に向けた取り組みは、今後さらに拡大していってほしい重要なテーマです。

調和技研には、サステナブルな領域に適応可能なAIの開発実績が豊富で、企業様の様々な課題解決を支援しております。AI活用にご興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください!

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記事を書いた人
小牧 加奈絵

元海洋学者。太平洋、大西洋、インド洋、北極海、南極海の入り口までの様々な海洋調査に参画。現職はAI数値モデルの開発実装。夢はAIで地球環境をよりよくすること。深海魚も「ほっと」するAIを目指します。