配達ルート最適化AIにより作業時間80%削減を実現。成功の鍵は“人とAIの調和”
生活協同組合コープさっぽろ様
北海道内で約46万世帯に毎週配達するコープさっぽろ様の宅配事業「トドック」。従来、配達ルートの作成をすべて人手で行っており、その業務負荷が大きな課題となっていたため、独自の経路最適化AIの開発に取り組まれ、着実に成果を上げられてきました。
本プロジェクトの成功の要因を解き明かすべく、デジタル推進本部システム部の重田様と、調和技研の高松にインタビューを行いました。
【導入前の課題】 |
【課題解決へのアプローチ】 |
【使用AIエンジン】 |
【導入後の成果】 |
46万世帯への配達コースを人手で作成していた
Q. 御社とは2021年から共同研究をさせていただいております。弊社をAI活用のパートナーに選んでいただいた理由をお聞かせください。
重田様:我々の宅配事業では配達コースの計画や管理をすべて人手で行っており、膨大な時間がかかっていたため、AIを使って解決できないか、と考えたのが発端でした。
コープさっぽろでは「北海道で生きることを誇りと喜びにする」を理念に掲げています。地場の会社さんと一緒に北海道を盛り上げていきたいという想いから、北海道内でパートナーを探していたところ、北大発のAIベンチャーである調和技研さんのゴミ収集車の経路作成の事例紹介が宅配事業の配達コースにも応用ができるのではないかと思い、ご相談させていただきました。
Q. 改めて、今回AIを導入された宅配事業における課題について詳しく教えてください。
重田様:コープさっぽろの宅配事業「トドック」は、注文を受けて週に一度お届けする宅配サービスで、組合員様は46万世帯にのぼります。現在、北海道内各地にある約50のセンターを拠点に、1,100名ほどの配達担当者が週5日稼働して配達しています。
週に3,000〜4,000名が加入・退会するため、「改廃」と呼ぶ配達コースの組み替えが毎週発生するのですが、人の手でコース編成を重ねていくと、どうしてもコースが乱れてきます。小さな改廃では対応できないほどに乱れてくると、センター単位で全配達コースを組み替える「大改廃」を行うのですが、紙の地図に2万ほどある配達先に印をつけてコースを考えて、新しいコースをシステムに入力し直すという方法をとっていました。センター総出で30〜40人が配達終了後の夕方から夜にかけて作業しても3ヶ月を要するほど膨大な時間と負担がかかっていたため、経路最適化AIを活用して作業負荷を抑えられないか、と考えたのが経緯です。
Q. 経路最適化に特化したAIサービスなどを複数の会社が提供されていますが、比較検討はされましたか?
重田様:何社か見ましたが、その大半は一般的な宅配便のように毎日異なる配達先をいかに効率的に回るかという観点のサービスでした。
一方、トドックでは基本的に毎週同じ道を走り、その中の数件に変更がある、といった独特の事業形態です。さらに、北海道内の約247万世帯のうち46万世帯にお届けしているので、道沿いの家すべてが配達先というケースもありますし、家と家の間にトラックを停めて2件配達して、さらに通りの向かいの家にも配達するなど、必ずしもお届け先1件ごとにトラックを停車するわけではなかったりします。こうした特殊な事情があるため、世にあるサービスでは適合しづらく、自分たちで作っていこうと考えました。
数字のみに基づく最適化ではなく現場のノウハウもAIに組み込み、人の感覚で評価
Q. 開発プロジェクトがどのように進められてきたのか具体的に教えてください。
重田様:AI による配達コースの編成には、配達先を30〜40件ずつに区分けする「コマ割り」と、実際に回るコースを決める「配達順」という2つの段階があります。配達順については人手でも対応可能と考え、まずはコマ割りのアルゴリズム開発に絞って進めました。コースの大幅な乱れを課題としていた実験対象のセンターのデータを使って実際にコマ割りをしてみて、その結果を見ながら様々なチューニングをしていただき、ある程度実用レベルになってきた段階で、配達順のアルゴリズム開発に取り掛かりました。
コマ割りはすでに複数のセンターの大改廃で実用されており、配達順についても最近になって納得感のある結果が出てきたので、実際の改廃に組み込めそうなレベルまで来ています。
これまではコープさっぽろから配達先等のデータを調和技研さんに渡し、調和技研さん側で手動でAIを実行する形で進めてきましたが、そのデータ連携自体を自動化する仕組みの構築が次の取り組みになります。
Q. 経路最適化を実現する上で工夫した点などはありましたか?
重田様:人が配達コースを考える際にどのようなことを考えているのかを宅配事業部にヒアリングして、例えば、Uターンはしない、大きい道路や信号は極力またがない、道路幅によって片側配達/両側配達を判断する、など我々の物差しに合わせてチューニングできるようにパラメータ化してもらいました。
高松:経路長だけで計算するとまた異なる経路が出てくると思いますが、実際にはそれでは走りにくいといったケースもあるため、今回は今挙げていただいたような配達担当のみなさんがこれまで培ってきたノウハウを評価関数に落とし込み、パラメータを調整して現場が採用可能な解を生成する形のアプローチを取らせてもらいました。
Q. AIの精度はどのように評価しているのでしょうか?
重田様:何をもって良いコースと評価するのか、その定義が実は難しかったです。
走行距離や配達時間は分かりやすい指標ではあるので、当初はそれらを数値化して評価しようと考えましたが、AIがはじき出した理論上の走行距離と、実際に現地で測定した走行距離に差があったため、単純に距離が短いから良いコースとも言えず、どこまでその数値を信頼するのかという議論をしばらくしていました。が、最終的にそれは諦めましたね(笑)。数値化にこだわっていると開発が進まないので、そこは見切りをつけて、人が見て明らかに今のコースより短くなっていると分かれば良し、という一定の“ゆるさ”を残した形で進めることにしました。
高松:トラックが実際に走った距離をあとで確認することはできるため、AI導入による改善効果をあとから検証することは可能でしたね。
1つの大改廃で1,000時間削減に成功。AIに“人間じみた要素”を加えて更なる精度向上を目指す
Q. 実際にどのような導入効果があったのか教えてください。
重田様:大改廃にかかる時間でいうと、従来は約30名が3ヶ月間、毎日2〜3時間を使っていたのに対して、AIを使うことでマネージャー5名ほどで対応できるようになったので、作業量は8割ほど減り、1センターあたり1,000時間は削減できています。配達時間についても、一番効果があったセンターで10%削減されたと報告されています。
Q. さらにAIの精度を向上させるために、どのようなアプローチがあるのでしょうか?
重田様:最適なコースは、計算上効率的であると同時に、“人が理解しやすい”という人間じみた要素も必要だということが分かりました。配達員は1件配達が終わるごとに次の配達先を地図で確認するよりも、コース全体を頭で覚えてしまった方が現場で効率的に動けるので、AIが作成したコースがどれだけ効率的でも覚えにくければ担当者が修正してしまいます。それでは業務時間削減につながらず、現場の理解も得られません。
高松:そうしたフィードバックを踏まえて、多少行ったり来たりしても近い配達先はまとめて配達するなど、効率をある程度犠牲にした覚えやすい経路も出せるようにAIを調整したところ、実運用でも使えそうなレベルにまで精度が上がってきました。あとはコストと成果のバランスを見ながら少しずつ改良していく形になると思います。
AIに100点を求めない。人による確認・調整を含んだ運用設計がカギ
Q. 初めてのAI開発プロジェクトでここまで到達できた要因は何だと思われますか?
重田様:最初から100点満点を目指さなかったのが良かったのかもしれません。誰もが納得するような完璧な結果を求めていたらここまで進んでいなかったでしょう。AIの精度としてまずは70〜80点を目指して、残りは人が確認して調整すればOKという柔軟さを持つことが、AIの領域では大事なのかなと思います。
高松:先日ニュースで、チャットボットAIが96%の回答精度を出していたものの99%には到達できなかったから導入を断念したという話がありました。ただ、それでは96%の精度で享受できたはずの大きなメリットもゼロになってしまいます。AIに完璧を求めず、人間による確認プロセスを含めてシステムを設計・運用していくという考え方は必要だと思います。
また、コープさっぽろ様はAI開発を我々にまるっと任せるのではなく、常に主体的に取り組まれています。社内資料では我々のことを山登りのシェルパに例えていただいていました。我々も一緒に山を登りますが、最後にその山を登るのはあくまで事業主体であるコープさっぽろ様である、というスタンスが明確で、これもプロジェクトがうまく進んだ要因のひとつだと思っています。
Q. 経路最適化AIにおける今後の展開・展望を教えてください。
重田様:まずは目の前の課題である、配達順の精度を高めて実用に乗せることです。これによって現場の作業負荷はさらに大幅に削減できると期待しています。
また、現在は大改廃という一大イベントに対して経路最適化AIを活用していますが、理想とするのは、現場でいつでも使える状態です。コースが少し乱れてきたり、営業活動で特定地域の加入が増えたときなどにすぐに最適化を実行できる“AIの民主化”を実現したいと考えています。
Q. 最後にコープさっぽろ様として、今後のAI活用の構想をお聞かせください。
重田様:コープさっぽろではトドックだけでなく様々な事業を展開しており、組合員数は200万人を突破しました。組合員の属性情報だけでなく購買情報など膨大な情報を所有しています。そうした情報をうまく活用して何かを導き出すのはAIの得意分野だと思いますので、調和技研さんと共にさらなる活用を考えていきたいです。
高松:生成AIの登場によりAIの領域も大きく広がってきています。これからも我々の知見を生かして幅広くご支援できればと思っています。今後ともよろしくお願いいたします!
調和技研では、お客様企業固有の課題を解決するための、オーダーメイド型のAI開発・導入を数多くご支援しています。
AIで実現したいことなど具体的なイメージがありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせくださいませ。